桜雲桜人、冤鬼零桜 三幕




ぼんやりと空を見つめたまま、出された茶に口をつけない男に吉継は苦笑する。
「心配せずとも、毒など入っていない」
「それはどうも。じゃ、遠慮なくいただきましょうかね」
荒屋にある狭い縁側に置かれた茶碗を手に取り、一気に飲み干す。
もう一杯どうかと勧めるが片手を翳し、止められた。
「それより何の用です?急に呼び止めたかと思えば村外れのこんな場所……おっと失礼、ここへ連れてきた訳をお聞かせ願えませんかね?吉継さん」
三成と出会ってから数日後。
村の中心にある商店が何軒か並ぶ軒先で昼間から酒を煽る姿が見られた。
三成の言う特長に当てはまり、彼が探し人であると確信した吉継は用があるからと神社へと招いたのだ。
「三成が探しているぞ、左近」
それまでの飄々とした態度を翻し、一瞬で殺気を纏う。
余計な事を言えば間違いなくこの気に殺されるだろう。
だが吉継はさして動揺を見せることもなく淡々と言葉を繋げた。
「俺はここの祝。神仏の類が見えても何ら不思議あるまい」
「……なるほど。しかし花の季節以外であの人を見れたのはあんたが初めてだ。よっぽど波長が合うらしいね」
言葉の節々に感じる棘に、彼もまた他の者と同じく花の咲く間にしか三成に会えないのだろう。
左近には見えずとも三成には見えている。
離れられない地でこの背を見送る度にあのような悲愴な声で呼んでいるのだろうか。
いつもならば積極的に何か働きかけることなどまずしないのだが、こうしてお節介を焼きたくなったのもあの声を聞いてしまったせいでもある。
三成の心の声は何者も住めない水のような清さと脆さを感じさせた。
あの危うさはある種独特な魅力があり、自分と同じ虚【うろ】の心が響きあったことが原因で彼を見つけられたのかもしれない。
「俺達が何者かは聞かないんですか?」
「話してくれる気になったならいつでも聞こう。俺から聞くことはしない」
過去に何かがあり、それが軽々しく話せるようなことでないなら聞くべきではない。
だが興味はある。
今まで何十何百と人ならざる者を見てきたが、その誰とも同じには思えない三成が、左近が。
その事を伝えると少し警戒心を緩めたようで、左近から殺気が消えた。
敵ではないと判断してもらえたのだろうかと眺めていると左近は居心地悪そうに目を逸らした。
「その目、あの人とそっくりだ。相手の全てを見透かすような真っ直ぐな嫌な目……俺のような後ろ暗い者にゃ耐えきれませんよ」
嫌な目とは言っているが嫌悪は感じられない。
受け入れてはいるが心地悪いといったところだろうか。
推し量ろうにも相手の表情は読み辛く、悟られないようにしているのだろう。
素直になれない三成と、相手に心を暴かれないよう心を隠す左近はある意味似た者同士と言えるようだった。
尤も、三成のあれは分かり易い類のものではあるが。
しばらく話す言葉もなく二人前方をぼんやりと眺めていたが、神社の方からやってくる三つの影が垣の向こうに見えた。
「吉継殿!」
清正と正則と連れ立ちやって来たのは、さくらの本来の飼い主である幸村だった。
「さくらの餌を持ってまいりました……あ、ご来客中でしたか。失礼しました」
幸村は清正達より五つ年下ではあるが礼儀正しく、口数は多くないが快活で誰もが好く人柄の少年だ。
人見知りすることもない為、初対面の左近がいても平気だろうと思い、気にせず世話をしていくように言う。
少し離れた場所からその様子を見ていた正則だったが、左近の顔を見るや否や、物凄い形相で駆け寄った。
「おっさん!お前ェどっっっかで会ったことあるよな?な?!」
「……さあ?どうでしたかね?どこにでもあるような平凡な顔をしていますんで、見間違いでしょう?」
「ああ?!嘘ついてんじゃねえよ!絶対ェどっかで会ってる!!清正!お前も会ってるよな?!」
左近はとぼけた風に振舞っているが、大騒ぎする正則だけではなく清正も釈然としない様子で左近をじっと見ている。
過去に何かが彼らの間にあったのはまず間違いないだろう。
吉継は訴えるように横目で左近を見つめるが、視線を避けて目を合わせようとしない。
見透かされたくない心があるのは一目瞭然だった。
「おいおっさん。確かに俺も正則もあんたに会ってる。ずっと昔に……でも思い出せない。あんた……何者だ?どこで会った?」
清正の真っ直ぐな問いに暫くは考え込む素振りを見せていたが、左近は一つ笑いを漏らすと勢い良く立ち上がった。
建て付けの良くない縁側がぎしぎしと音を立てている間に大きな背中は一歩二歩と遠ざかる。
だが幸村の前に差し掛かり不意に立ち止まった。
「幸村」
「え……は、はい」
「約束……あの約束はここまでだ。守ってくれてありがとな」
「いえ、そんな!ではもう―――」
幸村の問いかけも半ばに頷くと、左近はもう一度吉継を振り返り茶の礼を言い、森の奥へと消えて行った。
暫くは皆呆然とその背の消えた暗がりを見つめていたが、一人冷静さを保っていた吉継が静かに口を開く。
「幸村」
「は、はい。私は、その……以前彼に助けて頂いた事が」
言葉を切り、一瞬躊躇う様子を見せたが、すぐに意を決して語り始めた。
「弥生怪奇の時に」
清正達はその単語に息を飲む。
だが、ただ一人その言葉を知らない吉継は清正に目で問いかける。
それは一体何なのか、と。
「弥生怪奇は……この村では昔からこの月に一番悪い気が流れると言われていて……丁度、桜の咲く直前の頃に」
多くの村人が病に倒れるのも、大きな災いが起きるのも何故か弥生に集約されていて、その事を総じてこの村では弥生怪奇と呼んでいた。
「五年前の……あの日の事か」
幸村に向け静かに問いかけると、彼は黙ったまま頷いた。
いつもならば大人の言う事を絶対に聞く幸村が唯一、約束を破り行方不明となった事件があった。
未だあの時の事は謎のままで、何故無事に帰れたのかも分かってはいない。
しかしまるで奇跡の生還だと、その事実だけは皆それぞれに受け止め歓喜していた。
「あの時私は―――彼に……左近殿に助けられました。が、この事は絶対に誰にも言ってはならない。それがこの森から帰す条件だと言われたのです」
「それがさっき言ってた約束、か……」
「ええ、ですが時が来ればいずれはあなた方に話してくれて構わないと言われていたのです。時が満ち、自然とあなた方の記憶が戻れば、と。私はあの日―――」



弥生は桜の祟りがあるから決して森には近付いてはいけないよ。
そう大人に何度も言い聞かされていたというのに、何故その森へと近付いたかは未だ幸村自身解っていなかった。
ただ、早く来いと呼ぶ声がしたような気がして、その声に誘われるように森の奥深くへと向かったのだ。
危ないと解っていながらも踏み入れた森は次第に茂みが深まり足元は見えなくなり、頭上も大きな木が空を覆い薄暗さが増していく。
一体ここがどこなのか、何故このような場所に導かれていたのか、解らないままに歩を進める。
そうして一時間ほど歩いた頃、急に眠気が襲ってきた。
否、頭の中でがんがんと鐘の様な音が鳴り響き、立っていられなくなったのだ。
幸村はくらりと歪む視界を遮断するよう瞳を閉じ、その場に倒れこんだ。
それから何時間が経っただろうか。
さこん、俺の元へ、さこん、早く俺の元へという声が耳に届く。
それに意識を引き上げられ目を覚ますと先程倒れた場所ではない空間にやってきていて、急に視界が開けた。
そこには淡い光を放つ不思議な桜の大木が立っている。
池の畔に立つ目を見張るほど立派な木に、幸村はしばし瞬きも忘れて見蕩れた。
この森には人を惹きつけて止まない大きな桜がある。
だがそこには鬼が棲んでいるから決して近付いてはならないのだと、村の大人達は何度も何度も言っていた。
その桜がこの木であると、幸村は直感した。
冷たさを孕んだ空気が辺りを漂っていたというのに、この木の周りだけは何故か温かいような気がする。
ゆっくりと側に寄り、そっと幹に触れるとどこからか風が吹き一斉に枝が震え始めた。
何が起きたのかと見上げれば、枝についた蕾が膨らみ始めている。
今にも咲きそうなほどに膨らみ、半分ほどが開き始めた。
だが風が止むと途端に動きは止み、再び静寂が戻った。
耳鳴りがしそうな静寂の中、音もなく現れたのは黒装束の男達だった。
桜を囲むように立ち、殺せ、殺せと地獄の底から這い出るような声がする。
次第に距離を詰める薄気味悪い黒装束がこの世のものではないという事は明白。
殺される、と背中に冷たい汗が伝うのが解った。
しゅっ、と音もなく飛び上がった男達が幸村に襲いかかろうとした、その時だった。
不思議な言葉が耳に届くと共に、目の前に立ち塞がるように誰かがやってくる。
その背中越しに見えたのは断末魔の叫びを上げる黒装束の男達だった。
それらは皆苦悶に表情を歪め、絶叫と共に消え去った。
「大丈夫か?!怪我は?」
「全く、無茶をしてくれましたね。あんた今が何の季節か解っているはずでしょう?」
男が二人、青年と、彼から数えて二十は年嵩に見える男がどこからかやって来て守ってくれたようだった。
「あ、あなた方は……一体」
年嵩の男は黒く艶のある長い髪をしていて、赤い目にその者を象徴するようにその髪の隙間から角が見えている。
もう一人、若い男は赤の髪に美しい顔容をしている。
二人はこの世のものではない何かから守ってくれた。
何が起きたかは解らないが、この二人は敵ではない。
それに先程気を失った時に聞こえてきた、俺の元へと呼んでいた声と同じ声だ。
この人が呼んでいたのだろうかとその美しい顔を眺めていると、不機嫌に歪められてしまった。
「怪我はないかと聞いている。こちらの問いに先に答えろ、童」
「三成さん……子供相手に何て言い方ですか。何度も言うように、あんたはただ喋ってるだけで冷たい印象を与えてしまうんです」
「うるさいぞ左近。お前は小言が多すぎるのだよ。今はそんな話では……」
そうだそんな話をしていたわけではないと勢いよく振り返る三成と呼ばれた花顔の男の視線に急きたてられ、幸村はざっと体を見渡し怪我がない事を確認する。
それにホッとしたようで、鋭かった表情を少し和らげた。
途端に三成からふわりとする桜の香りに思わずうっとりと見上げる。
だが返ってくるのはやはり冷たい声だった。
「何故こんなところまで来た?ここは立ち入り禁止となっていたはずだが?」
「それは……早く来いと誰かに呼ばれたような気がしたもので……あと、貴方の声が……さこん、俺の元へ、と聞こえて」
「お前、俺の声が聞こえたのか?」
驚きで目を見開く三成に、戸惑いながらも何度も頷く。
気を失う寸前ではあったが確かにこの声に間違いない。
だが彼らは何をそんなに驚いているのだろうと首を傾げると、呆然とする三成に代わり左近が口を開いた。
「純粋な子供には聞こえる事もあるんですよ。さっきので分かったと思うが我々はあんたら人間とは違う。姿が見える人、声が聞こえる人は珍しくてね。ま、普通は気味悪がって近付いてこないんですが」
「いえ嬉しいです、私は。お二人がここにいる事を知れて……とても」
「あんたは随分と変わった童のようだ」
声の正体がこの人で、村では鬼と噂されていた人がこの人達で良かったと心から思ったのだ。
言われる通り、本当に悪い者ならばこのように楽しげに話したりなど出来ない。
このように見ず知らずの己を助けたり、怪我の心配などしない。
「お二人は……鬼、なのですか?」
「俺はそう呼ばれて仕方ない存在だ。が、この人は違う」
「ふん、俺も似たようなものだ。鬼で構わん」
拗ねるように顔を背ける三成に左近が、俺とお揃いがよろしいので、などとからかうものだから三成の顔はみるみる不機嫌に歪んでしまった。
折角の花顔が、と残念に思いつつ眺めていると三成は気まずそうに一つ咳払いをして幸村と視線を合わせてしゃがみ込む。
「俺はお前をよく知るぞ、幸村」
「え……私を?」
「ああ。よく神社で祈っていただろう?時折熱心な気が流れてきていた」
その願いが邪神に阻まれないようお節介を、と左近に耳打ちされる。
先程の態度から察するに、それを言えばまた三成が不機嫌になってしまうかもしれないと黙ってやり過ごした。
「ところで、先程の黒い者達は一体……?」
「ああ、あれは……この地に巣食う邪鬼。この村の者の言う弥生怪奇というものの正体ですよ」
「ここはかつて―――……」
何かを言いかけ、口を閉ざしてしまう三成を慰めるよう左近は肩をそっと撫でる。
いけない事を聞いてしまったのだろうかと狼狽える幸村に左近が言葉を続けた。
「もう千年も前の話ですよ。ここに悪い奴らがやってきて、そいつらを俺達で退治したんです。それがこの季節……弥生の話だった。まだその時の恨みがこの地を渦巻いているんでこの季節になると次々湧いて出てきやがる。まったくしつこい話です。あんたが聞いたという早く来いと呼ぶ声もそれでしょう」
「悪かったな。俺達の所為でお前達村人には面倒をかけている。だが俺達は必ずこの地を守ってみせよう」
千年と一言で言ってしまっているが、彼らはそれほどに途方もない年月をここで過ごし守っていたというのだ。
幸村にはもう彼らが村で噂されるような恐ろしい悪鬼でない事は十分すぎるほどに理解出来ていた。
「さて、と。そろそろ帰してやらないと、他の者も心配しますよ」
「そうだな……そうなると―――」
左近の言葉に三成の表情が少し曇った。
何があるのだろうと不安に思いながら幸村は二人の顔を交互に見上げる。
「この森を出る時には記憶は奪わねば……それが二人で決めた事です」
嫌だ、忘れたくない。
幸村のその無意識の懇願は二人にも伝わったようで、二人は顔を見合わせ苦笑する。
「お前、口は堅いのだろうな」
「もちろんです!約束は必ず守ります!約束を違えてしまったならばこの命を―――……」
「子供ながら立派な心がけですね。その目は武士そのものだ」
左近に頭を撫でられ、面映ゆさがこみ上げる。
敬愛する父や兄に褒められた時のような、そんな心持ちだった。
「解った。俺達の事、ここの事を誰にも話さぬと約せるならばこのまま帰してやる」
「はい!この幸村、決してお二人の事は口外いたしません!」
「約束だ。が、もしあいつらが……虎之助や市松が俺達を思い出せばその時は……話しても構わんぞ」
「え……お二人の事もご存じなのですか?」
かつて自分のように彼らと親交があったのだろうかと尋ねるが、三成は何も答えず姿を消してしまった。
後に残る桜の香りと暖かい気配の残滓を呆然と眺めていると、左近に肩を叩かれる。
「行きますよ」
「は、はい」
促されるまま少しずつ木から離れ、やがて藪の陰に完全に消えた頃、ようやく左近が口を開いた。
「虎と市松は何年か前……今のお前さんよりまだ小さい頃だ。この森に迷い込んできた……というより興味本位で入り込んできてな。その時に少しの間だが仲良くなったんですよ」
「では何故……」
「見る力を失っちまったんです、俺達の事を」
だがそう珍しい事ではないと左近は淡々と語った。
己も大人になればいずれ彼らが見えなくなってしまうのだろうかと幸村は寂しさがこみ上げる。
彼らはそんな人間を何人も、何十人と見てきたのだ。
自分達には見えても相手にはもう見えない、二度と会えなくなるという事。
目の前にいるのに、いると解ってもらえない。
それが三成には耐えられなかったのだ。
この森に迷い込んだ子供達と戯れにひと時を過ごし、また二人きりになる。
そんな繰り返しをこの千年の間に経験して、二人で決めた約束事がこの森を出る時には出会った者の記憶を消す事だった。
二度と会えないのなら、思い出も全てなくして寂しさは己だけのものとしてしまった方がいい。
そう言われ左近はその度に記憶を消してきた。
「あの人はあの場を離れられず……俺は桜の季節でなきゃあの人を見る事も叶わない。一年のうち、会えるのはほんの十日程だ。だがそれ以外の季節もあの人はずっとあの桜に縛り付けられたまま……どんな思いでおられることか」
森の中をぐるぐると同じ場所を歩いているような感覚に陥り始めた頃。
ふと独り言のように呟く左近の横顔を見上げれば、淋しげな瞳とぶつかった。
「おっと、すみませんね。こんな事お前さんに言ったところでどうにもならねえな。今のは忘れてくださいよ」
桜は人の心を鬼に変える力を持っているんだよ。
そう優しい口調で教えてくれたのは、虎之助達の養母のねねだったろうか。
誰のものかは忘れたがその言葉を思い出し、きっと彼らは一蓮托生なのだろうと考えついた。
あの美しい桜が失われればおそらく、この優しい鬼も姿を消すのだろう。
だとすれば何があろうとこの約束は守らなくてはならない。
この村の大人達は皆、あの鬼の伝説を恐れ忌み嫌っている。
このことを知られればあの桜を無くそうと言い出しかねない。
「左近殿。私は絶対に誰にも話しません。お二人の事を……絶対に。私も左近殿と共に三成殿をお守りいたします!」
「それは心強い。三成さんにもそう伝えておきますよ」
「ですから……私から記憶を奪わないでください。どうか、見る力を失ったとしても。私はこの目に映らなくとも、お二人を探し出してみせます」
幸村の言葉が意外だったようで左近は一瞬呆けたような表情を見せ、声を上げて笑った。
だが馬鹿にされた風にも、空言として受け取られたようでもない。
左近には十分に気持ちは伝わったようで、たとえ見る力が失われたとしても記憶を消さないと約束してくれた。
そうこうしているうちに森の端が近付いてきたのか、徐々に辺りが明るくなり始めた
「じゃあ、元気で。また会えると嬉しいですね」
「はい」
「でももう迷い込まないで下さいよ?今回は運が良かったんだ。会えないままに森の深みに嵌まってはこっちも探しようがありませんからね」
「……はい」
「そんな顔しないで。思いが強ければまた会えますよ。そう遠くない頃にでもね」
「はいっ!」
元気に返事をすると次第に目の前の左近の顔が白み始め、意識が遠のいていくのを感じた。



「それで、次に気付いたらあの社にいたのか」
「はい」
清正の示す先にはこの神社の隅にある小さな社がある。
幸村はあの日、その社の軒下で眠った状態で見つかった。
今年の弥生怪奇は神隠しだと大騒ぎになった村中に幸村の無事が伝わり、皆その奇跡を喜んだ。
しかし幸村は何故あの日無事に戻れたのか、その十数時間どこで何をしていたのかは一切口を開かなかった。
だが五年の時を経て、その謎は解かれた。
幸村は彼らとの約束を決して破らなかった。
破ればお前の身に災いが、などと脅されていたわけではない。
ただ、守り続けていたのだ。
三成を、左近を、二人の住まう森を、大切な桜を。


【続】

 

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