*思いっきりオリキャラ絡んでます。
*苦手な方は回れ右お願いします

ナギ 中篇

三日もすれば左近の傷も随分癒え、この不可解な世界にも慣れてきたようだった。
まだ十分に動く事の出来ない左近の側を離れ難く思っているのか、三成は部屋に篭り膨大な蔵書を片っ端から読んでいる。
それによって現代の知識が少しずつ蓄積されてきているようだ。
テレビもパソコンも、その本の形にすら驚いていた頃が懐かしいように思う。
しかしやはりこの世界は新鮮なようで三成は新たな知識を付ける度嬉しそうに左近に語り聞かせている。
そして二人がやってきてから丁度五日が経ち、驚異的な回復力を見せた左近はもう自由に歩き回れるまでになっていた。
ナギの父親のお墨付きもあり、もう安静にしていなくとも良いと言われて初めて三人で外出した。
夕食の買い物の為に近所の商店街へ行くだけではあったが好奇心で目を爛々とさせた三成を見て、
左近がさして困った風でもなく軽い調子で肩を竦める。
三成にとってこの世界の全てが興味の対象となり、首が取れるのではないかと心配になるほど左右に顔を向け周りを見ていた。
「まったく、大変な事をしてくれましたねナギさん」
「何でや?」
「うちの殿はあの通り己の知らぬ知識を得ると周りが見えなくなる。あんたにも手間を掛ける事になるでしょうよ」
「……ほんまやなあ」
すぐ近くの商店にある商品を手に取り、まじまじと眺める姿に店主も戸惑い気味だ。
ナギは顔見知りのその店主に頭を下げ挨拶をする。
だがすでに三成の意識は他に向いたようで、商品を丁寧に棚に戻すとそちらへ向けすたすたと歩いていく。
左近とナギは顔を見合わせ肩を竦めると慌ててその後を追って行った。
結局買い物よりも三成のお守りに翻弄される形で酷く疲弊した状態での帰宅となった。
左近も三成も流石武人と言うべきか、全く疲れた様子がない。
平均的な現代人よりはるかに貧弱なナギはダイニングの椅子に座り、祖母が用意してくれた茶を飲むとだらしなくテーブルに突っ伏した。
「何だナギ。あれしきの事で情けないぞ」
「そらなあ……今の日本人つったらこんなもんやって。やれ疲れた言うてどこででも座り込んで、だるーいって言うては辛い事避けて」
それを聞き、三成の綺麗な眉が僅かに歪む。
そして情けない、と懐に差していた扇を抜くとそれでナギの頭を軽く叩いた。
ナギの用意した洋服を上手く着こなしていた三成だったが、身を守る為の小さな鉄扇だけは手放さなかった。
まあこれならば銃刀法違反で捕まる事はないだろうと思っていたが、やはり取り上げればよかったかと少し後悔しつつ痛む頭を撫でた。
「殿、この時代の者は我らのように武働きせずとも生きていけるのですよ」
「だがいつの世も健やかな体は全ての基であろう?」
「左近は全く同じ事を殿に言いたいですよ」
溜息交じりに日常の不摂生をチクリと指摘され、三成がぐっと言葉を詰まらせる。
しかしすぐまたぽつりと漏らした。
「……だが……平和だ。とても。戦に傷つく者もおらず……民が穏やかに日々を営んでいる。……これも徳川の御世であるからか?」
「もう今の時代それは関係ないかな。せやし徳川の世って言うたかて血生臭い事なかったかっちゅーたらそんな事ないし、徳川の世が終わる時も大っきい戦あったしその後も……この百年ぐらいの間に二回も世界大戦あって地球規模で大喧嘩やし……結局戦のない世の中って無理なんちゃうか」
見てみ、とナギはテーブルの上に置きっぱなしにしていた父親が仕事で使っているタブレット端末を操作して三成に見せた。
そこには今も世界で起きている紛争や飢饉で苦しんでいる人々の写真が大きく映し出されている。
それを目の当たりにした三成は見る見る表情を曇らせた。
「何だこれは……戦なき世は……四百年経った今も、来ぬというのか」
「周りから見たら結構しょーもない理由やねんけどなぁ……宗教がどうのとか国境がどうのとか。
戦争にはならんでも国同士の諍いはなくなれへんし……日本は二度目の世界大戦の後はもう戦争せぇへんでって約束はしてるけど、周りの国からはナメられてええように扱われて完全に弱い者いじめ状態やしな」
今の日本の情勢を見れば、この人はきっと顔を真っ赤にして怒るだろうな、と思わず苦笑いが漏れる。
だがそんな様子を見てみたいとナギは今の日本の状況を教えるべく、テレビと新聞、世界大戦などの歴史書を三成に与えた。
「また大変な事をしてくれましたねナギさん」
「……はあ」
自分は全くこの石田三成という人物を解ってはいなかったとナギは頭を掻いた。
逆に三成をよく知る左近はやや非難するような視線をナギに寄越す。
夕食だという声にも全く耳を傾けず、ナギの勉強机に齧りついたまますでに三時間となっている。
こうなったら納得いくまでこの姿勢を崩さないだろうと左近は珍しく大きな溜息を吐いた。
「あー……ごめん。飯も食えんやんなぁ……」
「ま、ああなっちまったらもう仕方ありませんね。ナギさん、片手で食える握り飯か何か用意してもらえますかね」
「握り飯?解った。ばあちゃんに頼んでみるわ」
何か考えがあっての事だろうとナギが言われた通り握り飯の三つ乗った皿と熱い茶を準備する。
それを受け取った左近は声も掛けずそれを三成の傍らに置く。
しばらくすると三成は無意識に手を伸ばし、それを手に取って本から目を離さないまま食べ始めた。
「おぉー流石は島の左近」
三成の事をよく解っていると感嘆の声を上げると左近が意外そうに肩を竦めた。
「へえ、我らの事をご存じで?」
「有名人やしな」
「関ヶ原敗戦の将として、か?」
思ったより早く三成が顔を上げた事に左近が軽く笑う。
「殿。書物はもうよろしいので?」
「ふん、事実無根の事も多く書かれていて気分が悪い」
手にしていた歴史書を机に放り出し、三成はふんっと鼻を鳴らすと手元のあった茶を一気に飲み干した。
「あの狸めが関ヶ原の後どのように豊臣を……秀頼君を屠ったかまで事細かに書いてあったわ」
「……あれで終わりではない、と」
それまで軽い調子で話していた左近の声が重くなる。
三成も手を額に翳し、忌々しげに大きな溜息を吐いた。
「どの世も……いつの世も、常に誰もが己が利のみで、それが罷り通り世が回っておる。結局はそれだけか……
誰もかれも、時代までもがそんな奴らに与していくというのか。ならば我らの信じてきた道は一体何だというのだ!!」
「殿……」
綺麗な顔を修羅の如く歪ませ、そう咆哮の如く声を上げる三成を左近が痛々しげな瞳で見つめる。
彼らの通ってきた地獄がそうさせたのだろう。
ナギは少し考えた後、暗くなった空気を割くように明るい声を上げた。
「確かに世の中アホばっかりや。今の政治家……国の政に携わる奴ら言うたら
自分の懐の銭勘定にばーっか熱心でいっこも国民や国の事考えてへんし、
戦こそないけど年間の自殺者数っていうたら戦争で死ぬ兵士より多いって、どう考えても平和やなんてよう言わへん。
けど―――それだけちゃうねんなぁ、やっぱし。人間って。ちゃーんと心の中に大事なもん持った人かっておるんやで?
三成さんも左近さんも、ちゃんと今に繋がる事してんやで?」
「俄かに信じられんな」
ふんっと不機嫌に顔を背ける三成に代わり、左近が根拠はと尋ねる。
「俺」
「……何だと?」
思わぬ言葉に流石の三成の明晰な頭脳も理解出来なかったようで、顔を顰めて尋ね返す。
それに気をよくしたナギはにっと笑顔を返した。
「うちのオトン……あのボケーっとしたオッサンな、西軍が……石田三成が歴史上の人物ん中で一番好きなんやっていうて、俺にもそういう人間になってほしかったんやって」
そんな風に言われる事を全く想像していなかったらしく、停止してしまった三成に代わり左近がほう、と感心したように息を吐く。
「最初は意味解らんって思ってて。何で負けた人間やのにって。けど解ってしもてんなぁ」
「何をだ」
「世の中は汚い奴から生き残っていくって事に」
その言葉に三成と左近がハッと表情を固まらせた。
「どんな汚い手ぇ使おうが勝ったもん勝ちやし、そうやって歴史が重なっていくんやって……
手段選ばんで勝たな意味ない、結局どんなに汚かろうが狡かろうが……死んだら負けや、そんな奴らにかって。負けてまうねん。高潔な思い抱いてる人も、純粋な心だけ持っててもあかん……罵られてでも強く生きたがった奴が勝者や」
押し殺していた感情を吐き出すように、ナギはそれまでの明るい様子からは想像出来ないほど硬い表情で話し続ける。
「けど……な、やっぱそれだけやないねん。ほんまの、人の本質は嗅ぎ取ってんやで。
世の中綺麗な心を持つもんから淘汰されていってまうって事……せやから日本人って判官贔屓なんやろなあ。
不義を許さん、汚い真似してでも勝ち残るぐらいなら潔く負けるって大和魂って言うんかなあー…そーゆうんって、
今の…現代の人らの心にもちゃんと植わってんやで」
ナギは勉強机に置いてあるパソコンを起動すると、三成の名で検索をした。
「徳川の世では主君の名を笠に戦起こした悪臣としてある事ない事広めて存在抹殺しようとした所為で長いこと悪者にされててん。けど今は研究されてそれが嘘やって証明されて……」
ほら、とナギの指が指し示す画面の中の写真は現代の関ヶ原だった。
西軍の陣に溢れる観光客を、三成も左近も食い入るように見つめる。
「これは、何をしているのだ……?」
「何って訳やないけど……かつてここで多くの武士達が己が信念を貫くべく戦ったのか!って思いを馳せる、って感じやろか?」
それを聞き、三成の顔から表情がすっと消えた。
どうせ負けた者を笑いに来たのだろう、という冷たい瞳にナギは再び笑い声を上げた。
「笑いに、っていうんやったら裏切り者とか信念もない利に動いた奴の方をやろ。
敗者に後ろ足で砂かけるような事わざわざしにけぇへんって。こーんな山の奥まで」
今の世も戦国乱世と何ら変わりない。
国を動かす人物は誰もかれもが己の立場を守る為だけに動き、自分の事で精一杯。
民の事よりも利益と体面ばかりを守るような世の中なのだ。
この世の全ての理不尽に辟易としている、今に生きる者達の心に強く訴えたのは義の為に戦った三成達の方だった。
それが全てではないかとナギは気付いたのだ。
家も金も立場も、それら全てを守る事も大切だ。
ただしそれはその場限りの事で、本当に大切なのは、と。
それが証拠に、戦に勝ち長き太平を齎した者だけではなく圧倒的不利を物ともせず義の為果敢に戦った者を
四百年以上経った今でも人々は慕っている。
「殿を慕う者がここにもいるとは、何と何と。負け甲斐のあった事か」
「左近!」
笑いながら言う左近に三成の咎める声が重なる。
だが左近は言葉を続けた。
「だってそうじゃないですか。我らは勝ったんですよ?殿の言う理に群がる蝿に。四百年の時を掛けて」
「勝っ……た―――…?」
「左近は今日ほど殿を信じて殿に仕えて良かったと思えた日はありませんよ。
こうして未来でも堂々と胸張っていられるなんて、裏切り者や日和見者には出来ませんからな」
揶揄した様子もなく、心からそう言っているのだろう左近の顔に何の衒いも迷いもない。
ただ心のままそう言っているのだと感じ取った三成は静かに頷いた。
「そう……そう、だな。俺もだ、左近。皆を信じ、左近を信じ、己が信ずる道を進んだ事が間違いでなかったと
……ようやく皆の働きに報いる事が出来たと思えそうだ」
そう言って三成はようやく穏やかな表情を浮かべた。

【後篇へ続く】

 

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