ナギは義トリオを混ぜた感じのイメージ。
昨今の西軍贔屓の声を聞く度に、
やりましたよ殿!四百年かけて勝ち組となりましたね!!
って気分になって書いたお話でした。
殿と左近はくっついてても主従でも相互片思いでもお好きに妄想どうぞ。
*思いっきりオリキャラ絡んでます。
*苦手な方は回れ右お願いします
ナギ 後篇
四百年後といっても、世は乱れたままだった。
人が人を殺し、利に群がり、自分達の生きる世界とまるで変わらない。
三成は苦い思いが隠せなかった。
それを察したように左近も少し表情が冴えない。
いつもならば三成の心情を的確に察し、言葉を与えるのだがそれが見つからないのだ。
自分達が命を賭してしてきた事の一切が無駄ではないか、と。
しかしそうではなかった。
天下分け目の大一番は戦としての実りはなくとも、その心は後の世まで通じていたのだ。
それを知った三成は久しく見せていなかった穏やかな表情を見せた。
「左近、見よ。地上にも星があるぞ」
「ほう、見事ですな」
訳の解らない世界に飛ばされ、その先で世話になっていたナギという少年の家は周りの民家と違い、少し特殊な造りをしていた。
小高い丘の裾に母屋があり、その丘の上に離れがあってそこを自由に使わせてくれている。
離れの周りは狭い庭となっていて町が一望出来るようになっていた。
そこに立ち、三成は四百年後の世界の煌きに感嘆する。
「ですが殿、地上が明るい分星は幾分数を減らしているようですな」
「そうだ……ナギに借りた書物にもあった。文明を手に入れて久しく、人々はこの地を汚し続けていると」
「人は何かを得る為に別の何かを犠牲にし続けているんですね、いつの世も」
「……世は理にかなわぬ事だらけだな」
三成の珍しい口振りに左近はおや、と眉を上げた。
この世界に来てこの方の頑固も少し形を変えたようだと顎を擦る。
その時、眼下にある母屋の窓からナギの祖母が顔を出している事に気付く。
こちらへ来て一緒に梨でも食べましょうと誘われ二人は母屋へと向かった。
先に離れを出ていたナギの姿が見えず、左近が行方を尋ねれば医院で父親の手伝いをしているから先に食べるよう勧められる。
人の良い笑みに断るのも憚られ、三成はそれに手をつけた。
甘く芳醇な果汁が口いっぱいに広がり、時は果物は甘くしたようだと思わず表情が綻ぶ。
「時に媼殿、一つ聞きたい事があるのだが、構わぬか?」
「聞きたい事?」
「ああ、ナギの事だ。何故学校には行っておらぬ?あれの年ならば中学校という場所に通い学んでいるのではないのか?」
ナギの祖母は穏やかな表情は変えず、だが少し寂しそうに眉を寄せてぽつりぽつりと語り始めた。
彼が学校で壮絶ないじめに遭っていたという事を。
事の起こりは級友の虐めを庇った事に発する。
途端に標的はナギへと移り、それからずっと一人でどんな理不尽にも耐え抜いてきた。
自分が傷付く事は一切厭わなかった彼だが、虐めを扇動している連中が最初に虐めていた子を与し、
その子にまで虐められた事に心が折れてしまった。
一体自分は何を守り、何がしたかったのだろうか、と。
「いつの世も―――……変わらぬか」
心に芯のない、理不尽な輩はいつの時代にもいるのだ。
話が進むにつれどんどんと三成の表情が険しくなっていく。
それは奇しくも三成が豊臣政権下で三成にも経験のある事だった。
ナギのように暴力に訴えられるような真似はなかったものの、理不尽な目には何度も遭っていた。
その度に助けられたのは主やその連れ合い、数少ない友、そして今この世界でも自分の背を守ってくれている最も頼りにしている男だ。
ナギにはそのような人はいないのだろうか、だから逃げたのだろうかと心配するが、ナギの祖母は緩く首を振った。
「あの子は逃げてへん。心が折れてからもまだ立ち向かおうとしてたんやよ。けどそのままでおったらほんまに……一番悪い結果になると、それだけはあかんよ言うてね、ちょっと休みや言うてるんやで。私や息子……ナギの父親が抑えてるだけで、そうやなかったらあの子は今でも渦中に飛び込みやるわ……大切なものを守れるなら自分がどんな目に遭うても構わんって。そういう子やねんなあ」
「殿そっくりですな」
「左近っ!」
重い空気を割く左近の揶揄に三成が咎めるように声を上げる。
だが彼女は目を細めてゆっくりと笑った。
「まっすぐで、強くて、かといって強固というより柳のようにしなやかで……
そう生きられへん人間が疎ましいて思うのも無理ないかもしれへんな」
「誠に、ナギさんは小さな殿ではありませんか。何故我らがここへ来たか、左近は少し解った気がしましたよ」
「う…うむ、そうか……」
間接的に己の事を言われたような気がして三成は少し身の置き場に困るような気恥ずかしさに襲われる。
そわそわと落ち着きを失くした三成を見て、ナギの祖母は話を変えようと手近にあった紙を取り、そこに何かを書き始めた。
大きく書かれた无義、という文字を見下ろし、三成と左近は顔を見合わせる。
「なぎ、ですか?」
「そう……あの子の名前です。息子が自分の子にこの名前をつける言うた時は反対したんですよ。義が無いやなんて、って。せやけどあの子の父親はね、その逆やって言うてね」
无は無を表すと同時に無垢、純粋を示す。
その器にたった一つ、人として大切な心を持って欲しいと、そして何を失くしてもそれだけは失くさないで欲しいと。
そんな願いを背負った彼は今、一人戦い続けているのだ。
心に一つ、正しい道を通す為に。
ナギの祖母に礼を言い、母屋を離れた二人は再び丘の上で町を見下ろす。
「まさに義、ですな、殿」
「ああ。この御世でもそれを貫くは辛く険しい道らしいな」
「ばあちゃんにいらん事聞いたな…」
いつの間にかすぐ背後にやってきていたナギが少し恥ずかしそうに口を尖らせる。
「大事な事だろう」
「守れんかったんやで、俺。友達をいじめなんかする最低な奴にしてしもた……そんなとこまで落としてしもたわ」
「だがお前は間違っていない。何も、何一つ。己が心にある義を貫いたのだ」
「……そうやろか」
本当にどこまでもこの人は小さな殿だと左近は心の中で小さく笑う。
だからこそだろう、三成にはナギの心が痛い程に解るのだ。
「ああ。俺もだ。お前との出会いで改めて感じた事がある。義とは不変不朽の心だ。理や利は世によって形を変え生き残ろうとするものだが、義はいつの世も変わらぬと。俺は今一度己が人生をやり直せると言われても胸を張り同じ道を辿ると言える。お前はどうだ、ナギ」
「それは俺もおんなじやわ!何べんやり直しきいても、もっと上手い事やったろとか逃げたろとか全然思わん!」
不器用でも、どんなに険しい道であろうとその心は変わらない。
三成はようやくこの邂逅の意義汲み取った。
死を意識した時、一瞬過った弱い心が思ったのだ。
やり直したい、と。
だが今は違う。
はっきりと言い切れる。
あの戦さの後を知った今でさえ、また同じ道を歩むと。
「この世界に来てよかった。左近が助かったというだけではなく……お前と出会えてよかった、ナギ」
「俺も。今はちょっと離れてるけど、絶対また学校に行く。俺は逃げへんで、絶対」
「俺も誓おう。決して逃げぬ、と。―――…左近」
「ええ、もちろん。どこまでもお供仕りますよ」
「ああ、左近。これからも頼りにしている」
二人見つめ合い、左近の差し出した掌に三成が手を重ねると、淡い光に包まれた。
「ありがとう、ナギ。俺達はお前を決して忘れぬ」
これが別れと察した三成はナギに向け別れを告げる。
もう二度と会う事はないだろう。
だがその心はきっとこれからも共にあると確信しているようで、ナギはとても穏やかな表情で手を振った。
静寂と闇が消え、見慣れた風景が辺りにはあった。
先程まではナギに借りていた服を着ていたはずが、未来へ向かう前の戦さ場での姿となっている。
戻ってきたのか、と三成の口から自然と安堵の溜息が漏れる。
そして落ち着いた様子で辺りを見渡す。
「ここは……城、か?……大坂城か?今は…いつなのだ?」
「分かりませんが今が戦さの真っ最中だって事は解りましたよ」
よく耳を澄ませば聞き慣れた喧騒が遠くにある。
もしやナギから借りて読んだ書にあった、豊臣を滅ぼす為の戦だろうかと思いつく。
随分と先の世に戻った事になるがその考えは違わず、物陰から見た最前線には六文銭の旗印が見えた。
「あれは、幸村か……?!こうしてはいられぬ!いくぞ左近!」
「お待ちください殿。左近に考えがございます」
「左近……?」
「同じ轍を踏み失敗する事はさせませんよ。それはあの誓いを破る事とは違う」
同じ道を歩むという事は、同じ事を繰り返し失敗するのではない、同じ信念を貫き、そして勝利をこのお方にと左近は思ったのだ。
遥か時を超えてもなお輝きを失わなかった主に、今度こそ勝利を捧げたい、と。
「やはり殿は左近に過ぎたるお方でしたよ。生涯を掛けて仕えるに値する……いや、それ以上の」
「過去の事のように語るな、縁起でもない。これからも俺達は変わらぬ。同じ志を持つ者として……この戦さに勝利を」
四百年の後、彼も戦っている。
主によく似た真っ直ぐな心を持った彼もまた、別の戦場で。
この人は恐らくこの夢か現かも解らない僥倖すら心に大切に残し、あの誓いを守り続けたいと願うだろう。
ならば忠臣として、同志としてそれを叶えるべく働くが貫くべき己が道と左近は傍らに落ちた斬馬刀を掲げた。
「見た限り状況は最悪。幸村のあの砦も陥落寸前といったところでしょう。だが死んだと思われていた我らが乱入すればあるいは―――」
「汚くなどではなく、俺らしく、潔く、それでも生き残るぞ。そして必ずナギに勝利した我らを見せるのだ。
見ろ、世は理不尽が勝つようにはなっておらぬ、こうして義が勝利するのだと。数や物量に支配された理ではなく、義が勝利するのだと」
「それは何よりの励ましとなりましょう」
そして三成と左近は目を合わせ頷き合い、大音声鳴り響く戦場へと駆け出した。
たった一つ、大切な心を守る為に。
【終】