*思いっきりオリキャラ絡んでます。
*苦手な方は回れ右お願いします
ナギ 前篇
怒号、金属のぶつかり合う鋭い音、銃声。
その全てを背に山中を駆けた。
ただ落ち延びる為に。
三成は息を切らせ足を止めた。
すぐに追手が自分を探し、首を挙げんとするだろう。
とにかく今は逃げなければならない。
豊臣の為、そしてなにより自分を逃がす為あの戦場に残った者の思いを遂げる為にも。
今自分に出来る事は、自分がすべき事はただ一つ生き延びる事。
その為に多くの家臣があの地獄に残っているのだ。
だがもう足が進まない。
「……左近……」
弱気の心の隙に思わずついた言葉は愛しい名だった。
戦の最中銃撃を受け、酷い怪我をしていた。
本当は離れたくはなかったが、そうも言ってはいられない事も解っている。
だが彼には生きて欲しいのだ。
この圧倒的不利の戦ではあったが、三成は微塵も諦めてはいなかった。
再起し、そしてあの不義を叩きのめす事を。
そしてその後やってくるであろう太平の世を生きる時、側に居て欲しいと。
その為にもこの山を越え、逃げ延びなければならない。
そう思い足を踏み出した瞬間、泥濘に足を取られてしまった。
「うっ、わっっ!!」
しまった、と思う暇もなく体が大きく傾き崖に滑り落ちる。
こんな風に人生を終えるなど情けないにも程がある。
冗談ではない。
これならば戦場で華々しく散りたかったなど、詮無き事を思い浮かべ、そして視界が愛しい者の姿で染まった。
どこかの土が崩れたのを聞きつけ、少年は慌てて部屋の外に出た。
割と大きな音だったが工事が必要な程の崩落だったのだろうかと恐る恐る山の斜面に沿った階段を下りる。
階段を下り切った先に何やら土の山が見えるが、大した量ではない。
昨日の雨で少し削れたものが一気に落ちただけか、と思いホッとしたのは束の間だった。
そこに人影を見つけ、少年は慌てて近付いていく。
ここは私有地で、今この中にいる人間といえば父と祖母だけ。
泥棒か、と一瞬足を出す事を躊躇いおろおろとしていると先に音を聞きつけたらしい母屋にいたはずの祖母がやってきていた。
「ああ、誰か倒れてるよ」
「ばあちゃん危ないって!どっ、泥棒かも…」
「泥棒やったら放っといてええんか?怪我したままそこ倒れとっても…放っといてええんか?」
静かに、穏やかに、だがとても悲しげにそう言われ少年ははっとする思いだった。
そして急いで階段を駆け下りてその人影に近付く。
「だ、だだ大丈夫…ですか?」
そこにいたのは二人。
一人かと思っていたが、大きな男の懐に守られる様にもう一人いるようだ。
少年は恐る恐る手を伸ばし、大柄な男の肩を揺さぶるが気付く様子を見せない。
どうしたものかとおろおろしていると先に懐に守られていた男が気付いた。
「あっ、気ぃ付いた!だだだっ、大丈夫っすか?」
「ん……ここ、は?俺は―――……」
「あれ?何か……」
格好がおかしい、と少年は異様なその姿にようやく気付いた。
泥棒かもしれないと警戒していた事と、暗闇であまり気にしていなかったが、男達の恰好が明らかにおかしいのだ。
一体何者なのかと少年が訝っていると急に先に気付いた男が声を上げた。
「……っ左近?!如何した?!……何故ここに?!くそっ……まだ血が止まらぬか…!!」
「えっ、その人怪我してんのですか?」
「な、何だ貴様ら!!何故戦場に女子供がいる?!」
「へ?いくさ…ば?!」
何だそれはと目を丸くしたが、なるほど男達の姿を見れば所謂甲冑の類だ。
本当に一体なんだというのだと互いに警戒心を高めるが、祖母だけがただ男たちを心配している。
よく見れば満身創痍、大柄な男など腹から絶え間なく血が溢れているのだ。
このままでは危険かもしれないと察した少年はそれ以上あれこれと考える事を止めた。
「とっ、とにかくその傷何とかせんと……話はそれからやわ」
「し、しかし―――…」
「ええから早よ来ぃって。遠慮せんでええ……っちゅーか、その人死んでまうで」
男はハッと何かに気付いたように、小さくさこん、と呟き苦しそうに顔を歪める。
「……解った。すまぬが世話になる」
「うん、自分大丈夫なん?めっちゃ足とか怪我してるみたいやけど」
「俺はいい。先に左近を―――…すまぬが手を貸してくれ」
少年は頷いたものの、この男を支えきれるのかと不安に駆られる。
案の定思った以上に意識のない人間は重かった。
しかしもう一人の、優男と思っていた方の男が怪我をしているにも関わらずあっさりと大柄な男の腕を取り肩で支えた。
少年は慌ててもう片方の腕を取り肩を貸したがあまり役立っているようには思えない。
ほとんど優男の力だけで母屋に辿り着いた。
すぐに母屋の表玄関に向かい、そこに繋がる父のいる場所へと向かった。
「おとーん!おーいー!おるかー?」
「……何や?飯かー?お父ちゃん今日はお造り食べたいわー」
呑気な口調でふざける父親がひょっこりと扉から顔を出す。
「ちゃうわボケ。ちょおこの人ら診たってや」
「な、何や友達か?えらい毛色の変わった……」
ばたばたと慌ただしく診察室に入ってくる息子に冗談めかしていたが、事態の深刻さを一瞬で察したらしくすぐに表情を引き締めた。
「……まあ事情は後で聞くわ。とりあえずその人こっち連れてきてくれ」
「了解ー!」
父親の指示で少年は処置室へ連れて行き、男を診察台に横たわらせた。
「こっちは任せときー。お前はその人の手当しといたって」
「……やってさ。こっち来て」
「しかし左近が……!」
「だーいじょうぶ大丈夫。普段はふざけたオッサンやけど医者としての腕は確かやから」
閉じられた処置室を心配そうに見ている男の腕を引き、少年は隣にある診察室に入った。
置いてある患者用の丸椅子に男を座らせると消毒薬や包帯を準備した。
服、というか鎧を脱ぐように言い、診察室にある流し台で目に見える傷を洗うように言いつける。
だが男はぼんやり立ち尽くすだけで何かをする様子がない。
「なん?どないしたん?」
「こ…れは何だ?ここから水が……出るのか?」
「は?何言うてん?こうやって……蛇口ひねるだけやん」
ここにある蛇口は汎用的なもので、特に変わったデザインでもない。
だというのに、使い方が解らないとは一体どういう事なのだろうと少年は首を傾げた。
しかし男が蛇口から出てくる水に目を丸くしているのを見て、だんだんと状況が読めてくる。
「ははっ……まさかな…」
今は兎に角考えるより治療が先、と少年は男に付いた土汚れを洗い流し、消毒を始めた。
幸い骨には異常はないようで、体のあちこちにある擦り傷だけのようだと安堵する。
血が溢れ出ていた脚に大きく出来た傷も見た目よりは大した事なく、止血さえすれば大丈夫だろうとキツく包帯を縛った。
「はい、おしまい」
「すまぬ……手を煩わせてしまったな」
「ははっ!せやったらごめんやのぉてありがとう言うてほしいわ」
少年が無邪気にからからと笑うと男も少し気持ちが落ち着いたようで柔らかい表情を浮かべた。
先刻までの落ち着かない時間の中では気付かなかったが、男はとても端正な顔立ちをしている。
少年は興味深い様子でまじまじと眺めた。
「な、何だ……俺の顔に何かついているか?」
「んーん。別に何も付いてへんで。俺とおんなしとこに目ぇと鼻と口と付いとるだけや!せやけどめっちゃ綺麗なー思て」
「……俺は己が容姿に別段興味などない故解らぬ」
「うわっ……そんなん言うてみたいわ」
高圧的な態度も相まって嫌味にも聞こえるが不思議と嫌な感じがしない。
本能的に悪い奴ではないと嗅ぎ取った少年はすぐに次の興味へと移った。
「なあなあ名前は?名前何てゆーん?俺はナギ!十四歳やで」
「俺は……い……」
男は一瞬何かを口にしようとしたが、口ごもってしまった。
「なん?もしかして自分の名前忘れたん?」
「いや、その……明かせぬ、のだ……」
申し訳なさそうに目を伏せる男にナギはふむ、と一息入れ、思い切ってその突拍子もない意見を口にした。
「や、多分ー……大丈夫や思うで。うちの人間に迷惑かけるかもとか思ってんやったら」
「何?しかし……」
「あんたのおる世界とここ、多分違うとこやで」
男は一瞬ぽかんと呆けたような表情を見せたが、それがどういう意味かをすぐに理解出来たようで口を噤んだ。
「まあ詳しい話は飯食いながらしょーか!腹減ってへん?」
「ああ……いや、左近の様子が見たいのだが」
「さっきの人か?まだ治療中やろから邪魔せんときって!」
丁度頃合見計らったように祖母がやってきて、少しだが食事の準備をしたから食べればいいと勧めてくる。
それ聞き、ナギは男の腕を掴みダイニングへと連れて行った。
男は状況を理解してくれたようでようやく名乗ってくれた。
石田三成、と名乗る男と話をしながら食事を終えた頃、治療を終えた父親がダイニングへと入ってきた。
出血量は多かったが命に別状はなく、しばらく安静にしていれば大丈夫だと聞き三成の顔がホッと緩んだ。
「で、その人誰なん?友達か?」
「あーまあな……行くとこない言うてるから暫く泊めたってや」
「おう、かまへんでーこんなとこでよかったら何ぼでもおったってやー」
軽い調子の返答だけ残し、まだ片付けが残っていると父親はそのまま診察室へと戻って行った。
それを見送った三成は驚いたように訴える。
「お、おい……見ず知らずの者をこんな風に置いても良いのか?!」
「別に悪い奴ちゃうやん」
「しかし―――…!」
「殿」
男が何か言いかけたその時、よろよろと壁を伝い大柄な方の男がダイニングに入ってきた。
それを見るや否や三成が駆け寄っていく。
「左近!無理をするな!休んでいろ!」
「そうは言ってもね……落ち着いてられませんよ」
危険がない事は察しているようだが、全く状況を理解出来ていないらしい左近と呼ばれた男がキョロキョロと辺りを見渡す。
「そう、か……ここはその―――……」
「まさか異世界にでも飛ばされたんですかね」
「察しがいいな。ここは俺達の生きていた時代の、四百年後の世界……らしい」
「ははあ、なるほど」
どこまで理解出来たのだろうかとナギは思っていたが、思った以上に三成は頭の回転がいいらしい。
左近も傷の痛みが先に立つようで深くは考えてはいないようだ。
とにかく今日は早く休ませてあげるのが先決だろうとナギは自分の部屋として使っている離れへと二人を案内した。
「……お前は、ここで独り暮らしているのか?」
部屋に入り、その蔵書に瞠目した後三成が静かに呟く。
「まあなーオトン……父親はあんなんで放任って感じやし仕事人間やから診療所に籠りっきりやし、
ばあちゃんは足悪いからここ上る階段無理やゆうて…ほんでオカン……母親はもう亡ぅなっておらんから……
せやから俺だけやで、ここ使うん。けど俺も今日から母屋で寝るし、二人でここ好きに使てくれてええで」
「其方の父上は……医者なのか?」
「そう。家の隣にあるさっきの診療所のな」
細かい事はさておき、疲れているだろうから今日はゆっくり休むように言い、ナギは着替えを準備する。
細身の三成はともかく体格の良い左近にナギの服は合わず、何かいい案はないかと受話器を取り出し母屋にいる祖母に相談する。
案の定というべきか、突然一人話し始めるナギに三成達は怪訝そうな表情を浮かべる。
「すごいやろ?離れた場所の人と喋れんねんで」
「…それは、何なのだ?」
「電話」
三成はナギから差し出されるそれを受け取ると、すでに相手には繋がっていない受話器を熱心に眺め始めた。
試しに携帯電話から三成の握る電話機に向けてかけてみれば、
突然大きな音を立てる手の中の不可解な物体に驚き三成は慌ててそれから手を離した。
「なっ、鳴きおるのか!」
映画やドラマでよく見る光景が目の前で繰り広げられ、ナギは耐え切れず腹を抱えて大笑いを始めたのだった。
【中篇へ続く】