*花嫁くんのパロです。
*苦手な方は回れ右お願いします
カナリアと花嫁 1
四十を間近に控え、このままのんびりと独身の人生を謳歌するのも悪くない、そんな境地に達した頃だった。
左近に思わぬ話が舞い込んできたのは。
新政府の元、天下に敵なしと言われている羽柴家の客分相談役として気楽に働き始めてひと月が過ぎた頃、羽柴の当主である秀吉に見合いの話を持ってこられたのだ。
今までに奉公した先でも幾度となく経験したそれは、とてもつまらない、出来れば御免蒙ると逃げたい一番の行事だった。
左近はいつものように適当な言葉で断りを入れたが、秀吉はなかなかにしつこく食い下がる。
「しかしねえ、今更この年になって結婚なんて……」
「そう言わんと!会ってみるだけ会ってくれんか左近!」
会ったところで気持ちは変わらないだろう。
ただ貴重な休みが一日潰れるだけで終わるのだから、最初からしないに限るのだ。
だが、そこまで言っても秀吉は諦めない。
いい加減うんざりとしてきたところに、この世で秀吉が唯一といっていいほど頭の上がらない人物がひょっこり顔を出す。
「まーた無茶言って左近に気を使わせてるね、お前様!」
「ちっ、違うんじゃねね!わしゃあただあの話を……」
仕事の場であれ遠慮なしに顔を出し首を突っ込んでくるのは秀吉最愛の連れ合いであるねねだ。
眼下に繰り広げられている様子のまま、絵に描いたようなかかあ天下を敷いている。
かといって過剰に仕事に口出しするわけではなく、夫の働きを支える良妻だ。
ただ一つ難点があるとすれば、お節介が過ぎて時々それが思わぬ事態へ繋がったりする事だろう。
この方が出てきたとなればもう逃げ場はない。
左近は二人に聞こえないようひっそりと溜息を吐いた。
「あの話?ああ、お見合いの話ね?」
「そうじゃ。あの話はねねも賛成しとったろ」
「そうね。ね、左近!会うだけ会ってやってよ?」
「ほんっっとうに、会うだけでいいんですね?」
こうなればもうこの場では断れないだろうと諦め腹をくくった。
これだけは絶対に釘を刺しておかなければ、このままなし崩しに結婚まで持って行かれてしまう。
にこにこと人のいい笑顔を見せる夫妻に些かの不安を抱きながらも見合いの席に臨む事となった。
さて今度はどこの家のお嬢さんを連れて来られるのかと退屈な思いだったが、そんな気持ちを吹き飛ばす事実を笑顔で告げられる。
「は?はい?」
「だから、三成だって。知ってるでしょ?うちの人が連れてきた子で―――」
「知ってますよ。会った事はありませんがね。にしたって、見合いですよ?結婚を前提に男女が会う事ですよね?」
石田三成は羽柴の家界隈では知らない人がいない。
その類稀なる知性を秀吉が大層気に入っており、幼い頃から手元に置いて可愛がっているらしい。
夫妻には子供がいなかった為いずれは彼が跡目を継ぐのではと言われていたが、あくまで自分は石田の人間であると頑なに拒否している。
当然左近の耳にもその話は入っていたが、実際彼に見えた事はなかった。
「そうなんだけどねぇー…石田家ってちょっと変わったしきたりがあるのよ」
「しきたり?」
「長男に跡取りの男子が生まれた場合、次男以下は同性で婚姻を結ぶ事、って。それで長年跡目争いを避けてきたみたいなのよ」
「で、長男坊に嫡男生まれちゃったわけですな」
「流石左近!話が早いわ」
褒められたところで嬉しくもなんともない。
そんな事ならば初めから何があっても断っていた。
だが当日になってこのまま帰りますというわけにはいかない。
ねねにまで足労をかけているのだから顔に泥を塗る事になるだろう。
「……嵌めましたね……北の方様」
「あらやだ。褒めないでよ左近!」
「褒めてませんって」
「天下に名高い島の左近をだまし討ちなんて名誉じゃない!ほらほら行くわよ!」
どこかお高い店でやるものだと思っていたが、ねねに引っ張ってこられた先は三成の屋敷だった。
それほど広くはないものの、どこも手入れの行き届いた美しい屋敷だ。
秀吉の寵臣で、大切な子飼いでもある三成は秀吉から屋敷を一つと使用人を預かっている。
今はまだ大学生だが卒業を待たず秀吉の事業の一端を担っている事も左近は知っていた。
確かに仕事の出来る頭の良い優秀な人物であるかもしれないが、何故自分がその『花嫁』に選ばれたかがさっぱり解らない。
秀吉とねねが何かを企んでいる事は確かだが、それが何であるかは本人に会ってみなければ解らないようだ。
面倒よりも少し好奇心が勝り、大人しく準備された座敷で三成が来るのを待った。
そして使用人が茶のお代わりを持ってきた直後、庭に面した縁側の障子が開いた。
入ってきた人物を見て左近は思わず瞠目する。
一瞬他の誰かがやってきたのだと思った。
異様に容姿の整った痩身の男があの石田三成だとは思ってもみなかったのだ。
「三成!あのね、こちらが―――…」
「おねね様。私は誰かを娶る気持ちは微塵もありません。故にこの結婚も無意味ですのでお断りします」
「え?」
恐ろしく冷たく平坦な声に驚き、左近はねねと同時に思わず間抜けな声を上げてしまう。
「話はそれだけですのでこれで失礼します」
「えっ!ちょっと三成!話ぐらい聞きなさい!!」
「時間の無駄です」
「こら三成ーっ!!」
仮にも世話になっている先の奥方にこの遠慮ない態度。
左近は噂以上のその峻烈さに思わず感嘆を上げた。
「これはこれは……なかなかに物凄い御仁ですな」
「ごめんねー左近。まさかあんな風に突っぱねてくるとは流石に予想外だったわ」
「いえ、北の方様が謝られる事はありませんよ。怒ってなどおりませんのでどうぞ気を使わないでください」
「そう言ってもらえると助かるわ」
やれやれと溜息を吐き、ねねは出された茶を一息で飲み干すと左近に向き直った。
「ね!どう思う?!」
「どう、って……あの方ですか?」
「そう!あんな可愛くない態度だけどね、いい子なのよ?ほんとに!言葉は厳しいけど思いやりがあって、凄く優しいの!ちょっと態度大きくて口が悪い所為で誤解されてるんだけど、家の者には凄く慕われてるし…とにかくいい子なのよ!」
必死になってそう訴えるねねの言葉に偽りはなさそうだ。
この結婚をまとめる為の口先だけの言葉ではない、ねねの心がはっきりと見て取れる。
「ま、なかなか大変そうですね。あの方の連れ合いでいるのは」
「だよねー……私もまともに口きいてもらえるようになるまで随分かかったわけだし……」
「ですが、仕え甲斐はありそうだ」
「え?」
左近の言葉が意外だと、ねねはその愛らしい丸い瞳を更に丸くさせる。
「先はどうなるか解りませんが、ま、やれるだけの事はやってみますよ」
「それって…!!」
「誤解なさらないで下さい。結婚なんてのはごめんですがね、そうでないなら殿や北の方様のご期待に沿えるよう働きましょう」
「ありがとう左近!!そう言ってくれると思ってたよ!」
始めからそのつもりでこの突飛な話を持ちかけたな、と左近はようやく二人の意図が掴めた気がした。
要するに結婚しろなどとは言っているが、あの抜身の刃のような男を守る為の鞘を欲しがっていたのだ。
噂ではあの性格が災いして周りの人間との関係が頗る悪いらしい。
だからこそ間に入る人間が必要なのだ。
全く面倒な事になってしまったなと左近は顎を擦り彼を攻略する為の策を練り始めた。
【2に続く】