腹が減ったのだよ!さっさと食事の用意を…
ならば左近のミルクを今すぐ腹いっぱいお召し上がりに…!!
痴れ者が!握りつぶされたいか!!!
というオチ。
年の差(バ)カップルの場合、
オッサンと若造どっちがより不安なのだろうという
永遠の疑問に立ち向かって敗北した。
答えはどっちもどっちや。
テーマソングはトニセンにいさんの『ジンクス』
ばかっぷるの喧嘩ネタの鉄板っすな。
*現パロです。
*苦手な方は回れ右お願いします
ジンクス
もう知らん!左近などここで一人いろ!俺は出て行く!
などと言い捨てて三成が部屋を飛び出して、すでに時間は随分と経っていた。
年甲斐もなく意地を張って自分は悪くないなどと思っていたが、流石にこの時間になると心配になってくる。
本当に些細な言い合いから久々に大喧嘩をしてしまった。
始まりは三成の悋気。
商売女の香りを残したまま帰宅した左近に対して延々と愚痴を聞かせてきたのだ。
左近にしてみれば仕事の接待で仕方なく行った酒の席を中座する事も出来ず、早く三成の元へと帰りたいとうんざりした思いでいたというのに。
それ故まともに相手にせず、そのように言われる筋合いはないと突っぱねた事が火に油を注ぐ結果となってしまった。
後は言い合いに言い合いが重なって収拾がつかない事となり、いい加減限界を迎えた三成が家を飛び出す、という結末となったのだ。
すぐに帰るだろう、とたかを括っていたのだが、三成が出て行ってすでに二時間が経過している。
流石にまずいかと不安がふと胸を掠めた。
大都会には様々な人間がいて、あれで結構な世間知らずのお坊っちゃまなあの人は危機感などまるでなく、自分は付き合いのある僅かな人達以外全ての人間に嫌われているのだと思い込んでいる。
だがあれ程に人目を引く容姿なのだ。
たとえ男であっても危険に違いない。
それ以前に、友を頼り押し掛けているかもしれない。
この時間に行くとなれば相手は一人だ。
懇意にしている友はここから離れた場所に住んでいる為、終電も間近の今では途中で交通手段が絶たれる。
となれば、実家か、あるいは。
養父母を頼り実家に行けば、間違いなく彼の養母のお説教は避けられない。
事情が事情だけに、言い訳しない、と一蹴され、一発二発横っ面を殴られてもおかしくないだろう。
そうだ、とふと思いついた。
あの潔癖で真っ直ぐな三成が仕事だからと言って不義を臭わせる行動に納得するわけがないのだ。
未然にそれを防ぐ方法などいくらでもあった。
三成に知られないよう隠し通すか、事前に全てを正直に話し、何もないのだと安心させるか。
それをせずにただ仕事を言い訳に三成に向き合う事をしなかった己の浅はかさにほとほと呆れ返る。
仕事と言えば済むだろう、納得しない三成がおかしい、まだ学生だから自分の立場を分かってくれていないのだと軽く考えてしまっていた。
深く反省して先刻から携帯電話を鳴らしているのだが、出てくれる様子はない。
これは最早一発殴られるかなど気にしている場合ではないかもしれないと左近は三成の実家に連絡をした。
電話に出たのが彼の養父で少しだけ緊張が解ける。
だが三成は行ってないらしく、いよいよ不安が的中したかもしれないと肝が冷えた。
密かに三成を思っているであろう、彼の義兄弟。
彼の家に行ったかもしれない。
それ以外に三成の行くあてなどもう思いつかないのだ。
普段は頗る仲悪く、顔を合わせれば喧嘩ばかりをしているが、本当は彼が三成を思っているであろう事は明白。
同じ人を思う者として、左近の勘は恐らく当たっているはずだ。
この隙を突かれるなど絶対に許してはならない。
恐らく彼は隙あらば三成を手に入れてやろうと考えている。
そんな事は絶対にあってなるものか、三成を失いたくない、そんな思いに駆られて居ても経ってもいられなくなった左近は車のキーを掴むと家を飛び出した。
だが慣れた道を闇雲に車を走らせる以外、今の左近に出来る事などなかった。
三成が行きそうな場所を順に思い出し、片っ端から立ち寄って行くが一向に見つからない。
やはり彼の元へと行ってしまったのかと、左近は路肩に車を寄せるとポケットに入ったままだった携帯電話を取り出す。
だがダイヤルする寸前、一瞬の着信があった。
相手は三成で酷く驚かされる。
しかし二度コール音がしただけでそれは切れてしまった。
すぐに折り返すが出る様子がない。
何か事件にでも巻き込まれてしまったのかと、それまでとは違った不安が胸を過る。
三成にもしも何かあれば、後悔などでは済まされない。
兎に角一旦戻って仕切り直しだと二人で住む部屋に戻った。
初めて三成に出会た時、彼はまだ高校生だった。
仕事の取引先であった彼の養父を介して出会い、すぐに恋に落ちた。
年は親子程に離れている上、養子とはいえ取引先社長の大切な令息に手を出すわけにはいかない。
しかし彼の養母の強い後押しもあり、晴れて恋人同士となった。
社会人と学生では過ごす時間がどうしても限られてしまう為、三成が大学生になったのを境に一緒に住む事となった。
その時、三成の養母とは一つ約束をしたのだ。
何があっても、たとえ傷付ける事があったとしても、決して最後まで見捨てたりはしないと。
三成は実の両親の元を離れ、会社の為に今の家に引き取られて誰かに甘える事無くこれまで過ごしてきた。
養父母、特に養母は三成を目に入れても痛くない程に、実子以上に可愛がっていたのだが、三成は遠慮ばかりで甘える事など一度もなかった。
人と接する事が苦手で直情のままに生き辛い人生を歩んでいる。
それが三成だった。
だからこそ存分に甘やかしてあげてほしい、プレッシャーの中で辛いだけの日々を過ごす彼に安らぎを与えてほしい、そして愛し愛される喜びを三成に、と。
そう言われ確かに誓ったのだ。
だが養母に言われたからだけではない。
左近自身、三成と過ごす日々の中でそう思っていた。
それなのに三年の時を共に過ごし、すっかりと忘れてしまっていた。
気が強く高圧的で天より高い矜持に扱い辛い彼をたまらなく愛しく思っている。
なのにそれを時々疎ましく思ってしまうのだ。
出会い、思い合える奇跡を忘れて目の前にいる彼の扱い辛さに辟易として、普段は飲み込んでいた言葉を出して衝突する。
それの繰り返しの三年間だったかもしれない。
ただ愛しいだけではどうにもならない距離が二人の間にはあった。
左近は息子程に年の離れた三成に対して常に一歩引いてしまっていた。
いつか三成が年の近い誰かを好きになった時、自分は身を引き彼の幸せを一番に考えてやらなければならないと。
それを敏感に察知していたのだろう。
普段は遠慮のない三成も、肝心な時は必ず左近を立てるように一歩引く様子を見せた。
あんなのは三成ではない。
我慢をして自分を押し殺し、心にもない言葉を言わせてしまうなど不甲斐なくて仕方ない。
三成にはいつも彼らしくあってほしいはずなのに、それすらさせてやれないなど。
エレベーターが降りてくる時間さえ惜しく、左近はマンションの階段を駆け上がった。
暗証番号を入力してキーを解除し、部屋の中に駆け込む。
だがそこに三成の姿はなく、まだ帰っていなかったかともう一度部屋を出ようとした。
しかし僅かな違和感に左近は足を止める。
先刻着信があったはずの三成の携帯電話がダイニングテーブルの上に置かれているのだ。
つまり彼は一度ここへ戻っていたという事で、入れ替わりにまた出て行ったのだろう。
すぐに探し出さなければと踵を返すと、玄関で物音がした。
開けっ放しだった廊下とリビングを仕切る扉の向こう、直線状にある玄関には愛しい姿が驚いた表情で突っ立っている。
「三成さん!」
「さ、左近……」
気まずそうに視線を彷徨わせ、三成はその場で固まってしまった。
部屋に上がる様子を見せない事に左近はどかどかと足音高く近付くと靴も履かないまま玄関に下り、三成の頬を両手で包んでじっと顔を見つめる。
「な、何なのだ」
何をするわけでもなく急にまじまじと顔を見つめられ、三成は居心地が悪いと目を逸らしその手から逃れようとする。
しかし左近はがっちりと両手で三成の頬を掴んだまま離さなそうとはしない。
一頻りじっと見つめ、ホッと息を吐いて体の力を抜くと左近は三成を力の限り抱き締めた。
「む……左近……い、痛いぞ」
弱々しく抗議の言葉を口にするが、体はそのままで嫌がり左近の腕を突っぱねる事はしなかった。
「……よかった本当に。随分と探しましたよ」
「お……俺の事など……気にしていないものだと……」
「そんなわけないでしょ。どれだけ心配したと思ってるんですか」
叱るような口調だが、声が擦れて情けなく響いてしまっている。
これでは大人の余裕も威厳もあったものではない。
三成も思う事があるのか黙ってしまった。
「……三成さん?どうしたんです?」
「どこに……行ってたのだ?」
「どこって……探しにですよ。三成さんを。あちこち車で回ったんですが一度戻って出直そうと思って……そこで三成さんの携帯を見つけて驚いてたんですよ。帰ってきたのかって」
「あれは……その、戻ったら左近がいなかったから……どこか行ってしまったのかと思ってお前の車がないか駐車場に見に行って……」
エレベーターを使わなかったからその間に入れ違いになったのかと一人納得していると、三成の小さな声が耳に届く。
「そ、その……すまなかった。反省している」
「何がです?謝らなきゃならないのは左近の方でしょう」
約束を反故にしてしまった事をまず詫びなければならない。
こんな風に不安にさせる為に二人でいる事を選んだわけではないのだから。
そう言って謝る左近の言葉を遮るように三成は体を押し返し、左近の顔を見上げる。
「違う。俺の理解が足りなかっただけだ。もう二度とあのような事は言わない」
一体何があってこんな事を言っているのだろうと左近は眉を顰め三成の顔を見つめる。
三成は視線を一瞬背けたが、すぐにまた左近の顔を見つめ返した。
「おねね様に叱られた」
「叱られた?実家に戻られたんですか?」
頷く姿に少しホッとする。
夜半に外で徘徊していなかった事と、それ以上に危険な義兄弟の住む部屋へと行っていなかった事に。
「ああ…だがすぐに謝って来いと追い出されたのだ。で、電話しようとしたのだが……顔を見てちゃんと謝れと取り上げられてしまった。左近は外で働き己の意思ではどうにもならない理不尽などにも立ち向かっているのだから理解しなければならないのだと。限度を越えれば怒っても構わないが、絶対に責めるような事は言ってはならないのだと……」
あの一度のコールはそういう事情だったのかと納得させられる。
ねねは三成の養母で、彼女自身仕事に忙しい夫を支える身として三成にそう助言したのだろう。
だがそれも無用の事だと左近は首を横に振る。
「そんな事気にしなくてもいいんですよ。左近の配慮が足りなかったんですから」
「それこそ不要のものだ!左近は俺の事など気にせず仕事に打ち込めばよいのだ!」
キッと睨まれ思わず怯んでしまう。
一度言い出したら絶対に曲げない三成の事だから、これは真っ向に言い返しても受け入れてはもらえない。
左近はやれやれと顎を掻くと三成の頭を抱き寄せた。
「そう言われても素直にハイとは言えませんよ」
「何故だ?左近の事を理解せず責めた俺が悪かったのだからお前はただ頷けばいい」
ドスドスと無遠慮に背中を叩かれ、痛いから止めろと両手を拘束するように改めて抱き締める。
左近、と抗議の声が胸に顔を埋めた三成からするが気にせずそのまま肩の上へ抱え上げると玄関に上がった。
「左近!靴!履いたままだ!」
「ハイハイ。後で脱がせてあげますからちょっと大人しくしてて下さいよ」
「何っ?!……っ、というか下ろせ!」
「ハイハイ」
落とされる事を懸念してか派手に抵抗する事はしなかったが、代わりに口いっぱいの文句を聞かされ、髪を遠慮なしに掴まれる。
そんな三成を黙らせるように些か乱暴にリビングのソファに下ろした。
そして三成の座ったソファの前、床に腰を下ろすとバタバタと暴れる足を掴み、履いていた靴を脱がせる。
それを背後に放り投げて改めて下から見上げた。
頭一つ背の高い左近がこの角度から三成を見る事は日常ではなく、何とも新鮮な気持ちになる。
どの角度から眺めても美しい事だと感心すらしてしまう。
だが左近は三成のこの美貌に惹かれた訳ではない。
彼を形成する全てが愛しいのだ。
他の者は疎ましいと思う気の強さも、反面脆い心の内も、毒ばかりの言葉も。
今も口を開けばすぐに文句を延々と聞かされそうだ。
しかし愛しい気持ちを抑えきれずに何度も髪や頬を撫でると、照れ臭そうに目を逸らしたものの、大人しく左近にされるがままとなった。
ようやく落ち着いたようだと左近は改めて口を開く。
「さっきも言いましたけど、あんな風に言われても黙ってハイとは言えませんよ。もう左近の事などどうでもいいと見捨てられた気分です」
「ど、どうでもいいなどと思う筈なかろう!俺は……っ!だいたいそう思ってるのは左近ではないのか?!」
一体何を言い出すんだと左近が首を傾げるが、三成はそれより先を言おうとしない。
頬を赤らめもじもじとする姿もなかなかにそそるが今はそんな事を言ってる場合ではないのだ。
「言ってください。今日はとことん話し合いますよ。本当の事を言うまで左近はこの手を離しませんからね」
そう言って左近はぎゅっと両手を繋ぎ、三成を見つめる。
そして逃げ場のない事を悟った三成はぽつりぽつりと胸の内を語り始めた。
「俺は……これ以上お前の負担になりたくないのだ」
先刻の左近ほどではないが、三成も情けなく声が掠れてしまっている。
普段の凛とした声が嘘のようで、何かに怯えているように思えた。
「俺は俺自身をよく解っているつもりだ。人とまともに会話する事すら出来ずにいる偏屈者で……皆に嫌われている事も疎まれている事も、知っている。育てて下さった秀吉様やおねね様にすら未だどう接してよいものか分からんのだよ」
それは左近も思っていた事だった。
甘える事などないままに育った彼が、存分に甘やかしてくる養父母に対して戸惑っているのだ。
そんな調子のままある程度の年を重ねてしまい、今更甘える事など出来るはずもない。
だがその分、左近は甘やかしてきたつもりだった。
そしてその左近の思いに応えるように、三成も他の誰にも見せない姿を左近にだけは見せていた。
それがたまらなく愛しかったのだ。
そんな左近の思いは確かに三成に通じていた。
「だがお前は違う。俺が他の誰にも……抱いた事のない気持ちにさせる。だから、安心して……その、拠り所にしていたのだ。心の……支えに」
「ええ、嬉しいですよ。光栄で、嬉しくて、三成さんのそのただ一人になれて幸せに思えど負担になど思うはずないですよ?」
「そっ……それは、しかし……今は良くとも……いずれ……」
「いずれ左近が三成さんから離れていくと、そう思っておいでで?」
先を見越してそう言うと、三成は俯き黙り込んでしまった。
言い当ててしまったようだと左近は一つ溜息を吐く。
そう思わせてしまったのは間違いなく自分の失態だ。
自身の弱さで三成と一線を引き、接していたのだから当然の事かもしれない。
左近は握っていた手を離すと三成の頬に手を伸ばし、そっと触れた。
「そんな風に思われたのは、左近の所為です。三成さんが悪いわけじゃない。左近が……ちゃんとあなたと向き合わなかったからだ。俺はずっと憂慮していた……あなたがいつか俺の元から離れるんじゃないかって……」
「何を……そんな事!左近は大人で、俺など……ほんの子供で、お前にしてみれば手のかかる子供の面倒を見ているような感じなのだろう」
手がかかるのは確かだが、子供の面倒を見ているような思いは少しもない。
一体何をもって彼がそう思っているのだろうと不思議に思っていたが、一つ思いつきもしやと口にする。
「……三成さん、もしかして……左近が仕方なしにあなたの側にいると思っているのですか?」
「そうなのだろう?おねね様と約束させられたから……お前は……離れるに離れられなくなっているのではないか?」
やはり、とぐったり頭を垂れる。
約束はしたがそれは強制されたわけではない。
こうして左近が三成の側にいるのは確実に自分の意思があっての事だ。
「あのね、ご存じだと思いますけど左近は生来面倒臭がり屋なんです。嫌であれば人に頼まれたって誰かと一緒に暮らしたりなんて出来ませんよ。それが例え世話になってる会社のご子息であってもね。それに断ったところで仕事に影響があるなんて思わない。左近の実力、見くびらないで下さいよ」
頬にあった手を頭にずらし、優しく髪を撫でつつ軽い調子の笑みを見せると三成はすまなそうに眉を下げ、小さくすまないと呟く。
「左近は焦ってたんです。これだけ年が離れているんだ、左近の気持ちも解ってもらいたいですよ。三成さんはまだ若いから解らないかもしれないですけどね……」
「お前はいつも自分の年の事を色々言うが、そんなもの俺に比べるまでもないはずだ」
先程までの殊勝な姿が嘘のようにいつもの横柄な態度に戻り、そう言い切る事に再び疑問が沸く。
何を根拠にそう言えるのだろうと首を傾げ顔を覗くと、三成の強気な瞳とぶつかった。
「俺だって二十年経てば四十になるぞ」
「まあ、そうですね……その通りだ」
そんな天地の理を胸張って言われ、左近は気の抜けた思いがする。
「お前は、その……その年まで重ねてきた時間があってこその姿で、それこそが左近だろう?だが俺は、今から二十年を…お前のように上手く年を重ねられるか自信がない。いずれ俺も社会に出れば今日のような事があるのだと理解も出来ようが……それでは遅いのだ。その間にお前に呆れられては、遅過ぎる。からかうようにお前が褒めそやすこの姿も変わるだろう……今の若さなど何の価値もない」
その言葉に左近は絶句した。
様々な感情がせめぎ合い、上手く言葉が出なかった。
呆然としたまま、兎に角これだけは確認しなければと声にする。
「その二十年の中で、自分が変わる事で左近が離れていくと思ったのですか?年と共に見聞が広がる事で自分が離れていくという事ではなく」
「離れるわけがなかろう!!この世に絶対などはないがこれだけは限りなく絶対に近い事だ!いや、もう言い切ってやる!絶対に俺はお前から離れん!」
普段ならば絶対に言わないであろう思わぬ告白に目を見開き、動けなくなってしまった左近を見て三成はすぐに申し訳なさそうに顔を伏せた。
「あ、いや……お前が嫌だと思うなら、もちろんその限りではないぞ?そ、そういう意味ではやはり絶対などはないが……」
もごもごと言い辛そうに呟く唇を抑えるように、左近は思わずといった風に口付けた。
酷く驚いているようだが構っている余裕など左近にはすでになかった。
力一杯に三成の体を抱き締め、長い溜息を吐く。
思う人にそこまで思われて、本当に自分は果報者だと改めて感じ入る。
そしてそこまで思われている事に今まで気付けず、時にぞんざいに扱ってきてしまっていた事を深く反省した。
胸に押し付けるように抱き締める左近の身体を腕で押し返し、三成はじっと左近の顔を見つめる。
「左近、正直に言ってくれ……本当に、俺は……お前の負担にはなっていないか?迷惑をかけていないか?決して秀吉様やおねね様に告げ口するような卑怯な真似はしないから、お前の本心が聞きたい」
いつもならば適当に誤魔化していたが、今日は徹底的に話し合うと言った手前逃げるわけにもいかない。
何よりどれだけ照れ臭かろうと、この真摯な姿に応えなければならない。
左近は一つ咳払いをして心を落ち着かせると静かに口を開いた。
「まずは今日の事を謝らせてもらえますか?事情はともかくあなたを不快にさせた事には変わりない」
強情で我を通す三成だが、いつもと違った真面目な空気を醸す左近に黙って頷く。
「俺はね、ずっと不安に思ってたんです。いつかどっかの若い男にあなたを掻っ攫われるんじゃないかって……そんな事をうじうじ考える小さい男なんですよ、本当はね」
いつも余裕ある態度で三成に接していた為、それがにわかに信じられないと三成の表情が物語っている。
謀っているのでは、と訝るのも無理はない。
これは今まで向き合う事に臆病になっていたが為の当然の事だろうと思わず苦笑いが漏れる。
「でも、それでもその日まで側にいたいと……そう思ってずっと一緒にいたんです。誰かに頼まれたからじゃない。信じて貰えますか?」
一瞬目をきょろりと彷徨わせたが、しっかりと左近の姿を捉え頷く。
三成は決してその場しのぎの嘘はつかない。
信じて貰えた事にほっとして言葉を続けた。
「だが、あなたを不安にさせるそんな臆病も今日で終いです。今までは捨てられる恐怖に怯えてましたが、これからは捨てられないよう歩み寄りますよ。三成さんが鬱陶しいと、左近を疎ましいと、そんな風に思う日が来ても離してやれませんから」
「お、お前こそ俺を見くびるな!そんな日は来ないのだからな!」
「なら、ちゃんと左近を頼って、もっと我儘を聞かせて下さい。どんなに寄りかかったとしても負担になんて思いませんから」
「し、しかし……今日のように、その……感情的になった時見せるお前の目が怖いのだよ……言葉にはせずとも、俺を遠ざけたがっているような……」
「あー……それも左近の所為ですね……誤解なさらないで下さい。あなたを疎んじての事じゃありませんよ、それは」
年の功である程度の感情の自制は出来るが、許容を越える時もある。
そんな時に三成に当たるような真似はしたくないという未熟な思い故の無意識の行動だったのだろう。
それを三成に話すと、予想外に彼は怒りを露わにした。
「やはり俺は子供だ……そんな左近の思いも受け止めてやれぬ度量のなさだ……情けない」
何か不愉快にさせてしまったかとヒヤリとしたが、自分自身への怒りだったのかと驚かされた。
「これからはそのような事も全て俺にぶつけるんだ左近。逃げられるよりずっといい。すぐには無理かもしれぬが、俺もお前に相応しい器が持てるよう努力する。お前に甘えてしまった分だけ、お前を甘やかしたい」
そう決意を見せる三成がいつもよりぐっと大人に見える。
二人でいる事で必然として表れる埋められない溝も壁も、彼ならば取り払ってしまうだろう。
それが並ならぬ努力と労力が必要な事と分かっている。
だからこそ自分からも歩み寄らなければならない。
左近は腕を伸ばし、三成を再び腕の中に収めた。
「こんなに誰かを愛しいと思った事はないんです。左近は誓えますよ。二十年先も、その先も、ずっと三成さんを好きだってね」
「ふん、二十年すれば俺も腹が出て髪も薄くなってるかもしれんぞ」
「それは俺も同じでしょう。還暦の左近も愛せますか?」
「愚問だな」
「左近にも愚問ですよ」
結局視点が違えど同じような事で悩んでいたようだと、喉元過ぎれば何とやら、思わず笑いがこみ上げてくる。
三成もようやく納得がいったようで珍しく柔らかい笑みを浮かべていた。
下らない喧嘩ではあったが結果は上々だ。
左近は腕の中の愛しい人をいつまでも抱き締めていたかったが、不意にぐっと腕を抓られる。
「いつまでこうしてるつもりだ。いい加減離せ」
「ええ?折角このまま仲直りのエッ……」
「馬鹿!!お、お前は飲んで食って帰ったかもしれんが俺は腹が減ってるのだよ!」
「え?夕食食べてないんですか?用意して行ったでしょう?」
三成の言葉に慌てて壁の時計に目をやる。
時刻はとうに日付を一時間以上越えていて、夕食を摂っていないとなればそれも当然だ。
左近は体を離し、キッチンへ向かうと冷蔵庫を開ける。
そこには今朝左近が準備しておいた三成の夕食が手付かずのまま鎮座していた。
三成は料理が一切出来ない為、日々の食事の準備は左近の役割だ。
いつだったか、外で働いて、その上に料理までさせるなんてとねねは三成を叱っていたが、几帳面な性格から掃除や洗濯などは三成の方が得意なのだ。
同居する上で家事の役割は上手く分担出来ている。
「どうして……今日は遅くなるので先に食べて下さいって言いましたよね?……あ、ここにあったケーキ……」
左近が取引先からもらい、冷蔵庫に入れてあったはずの有名店のパウンドケーキの残りが忽然と姿を消している事に、三成の行動が見えてきた。
「……夕食前に食べましたね?」
夕飯前におやつは食べないと約束したのにと非難する左近の視線から逃げるように三成が目を逸らす。
「勉強していたら腹が減ってしまったのだ……仕方なかろう」
三成は頭をフル回転させると必ず甘い物を欲しがるのだ。
それを分かっているからこそこうして甘い物を常備しているのだが、一人なのだから夕飯を前倒しにして食べれば良かったのにと呆れる。
だが融通のきかない三成の事だから、まだ夕飯には早過ぎるとこちらを選んだのだろう。
「それでお腹いっぱいになっちゃって左近のご飯が食べられなくなったんですか?」
「う……す、すまん……九時頃に食べようかと思ったのだが、もうすぐ左近が戻るかもしれぬと思っているうちに食べる機会を逃してしまったのだよ」
そんな可愛い事を言われては叱るに叱れない。
これが駆け引きなしの態度なのだから参った、と左近は心の中で白旗を挙げた。
「こんな時間にこんな油っこいもの食べたら体に毒です。消化にいい雑炊か何か用意しますんでちょっと待って貰えますか?」
左近が夕飯に準備したのは肉料理で、あまり胃腸の強くない三成には負担になる。
それに自身も酒の後で軽く何かを食べたいと思っていたのだ。
丁度良いと遠慮する三成を制して台所に立った。
シャツの腕を捲り、手を洗っているといつもならばさっさとリビングに向かう三成がすぐ隣でじっと見ている。
「な、何です?危ないんであっちで待っ……」
ここには火も包丁もあって危険だと暗に示すが三成は動こうとしない。
せめてもう少し離れてもらわなければここで一番危険なのが自分になってしまうと下らない思考が巡る。
「三成さん?今日は嫌いな物入れたりしないんで見張らなくても大丈夫ですよ」
「そ、そうではない!左近は仕事で疲れて帰っているというのに……いつもこうして俺に食事を作ってくれるだろう?だから、俺が少しでも料理を覚えればお前の手を煩わせずに済むと思ったのだよ」
まずい、と思った時にはすでにもう体が動いていた。
左近は遠慮なしに三成の体を抱き締め、先刻の杞憂が現実となってしまった。
三成は苦しいと暴れるが離してやる事など出来るはずもない。
それは腕の中の愛しい人が遠慮なしに左近の脛に蹴りを入れるまで続いたのだった。
【終】